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祝君良い夢

徹夜をしても


「それはよかった。いや、失礼しました。近々、エイズ関係のルポをやる予定なんですが、その節は、ぜひ、取材のご協力をお願いします」
「はあ」
 それからしばらく、早苗は質問を続けたが、福家はのらりくらりとした答えに終始して、何一つ収穫はなかった。逆にいつのまにか、高梨の様子について聞き出されている始末である。もっとも、こちらの方でも、大半の事実は隠さざる歐亞美創美容中心を得なかったのだが。
 受話器を置いてから、早苗は、最初に福家の声にあったあの緊張は、いったい何だったのだろうと思っていた。
 それから、はっと気がついた。たしか福家は第一声で、「社会部」と言った。新聞社の機構に詳しいわけではないが、アマゾン調査プロジェクトのようなイベントであれば、普通は、文化部のような部署が担当するのではないだろうか。
 何かが起きつつあるという感覚は、強まる一方だった。

 ディスプレイのタスクバーに表示されている時計を見ると、ちょうど日付が変わったところだった。
 早苗は、大きく伸びをした。長い間集驗窗中して作業していたため、肩がばりばりに凝っているだけでなく、パソコンの画面を見つめていた目が霞《かす》む。
 早苗は部屋を出ると、暗く森閑とした廊下を通って、コーヒーの自動販売機のところへ行った。
 十代から二十代の初めくらいまでは、少しくらい平気だったが、さすがにもう、それほどの無理はきかなくなっている。そろそろ、体力の曲がり角に来ているのかもしれない。昼間、うっかりそんな愚痴をこぼしたりすると、その若さで何だと土肥美智子に叱《しか》られるだろうが。
 疲れて甘いものが欲しくなっていたが、砂糖のボタンを押しそうになった手を、危ういところで引っ込めた。ブラックコーヒーの紙コップを持って部屋に帰り、机の引き出しにしまってある、人工甘味料のアステルパームの錠剤を入れる。最近、仕事で夜更かしすると、夜食のせいか、てきめんに体重が増えてしまうのだ。
 目を休めたくなって、部屋の明かりを消すと、窓を開け放った。
 外には、どこにも真の闇《やみ》はなかった。東京の空全体が、消えることのない照明を反射して、うっすらと微光を放っている。星はほとんど見えなかった。
 コーヒーを飲みながら夜景を見ていると、様々な思いが頭をよぎっていく。
 もう自分も、若いと言われる年齢《とし》は過ぎてしまった。日本人が結婚する年齢はどんどん上がっているとはいえ、二十九歳は、一つのターニング?ポイントである。少しでも早く結婚した方が、年老いた田舎の両親は喜ぶのだろうが……。
 今までにも、チャンスはなかったわけではない。高梨と付き合うようになった前後にも、何人かの男から誘いを受けた。一人は大学の同級生で、今は実家の総合病院を継いでいる。最も熱烈なラブコールを送ってきたのは、製薬会社のプロパーが催した合コンで、隣の席に座った公認会計士だった。どちらも、容姿、性格、経済力、将来性と金光飛航もに申し分ない男たちだった。だが、自分が彼らと本気で付き合う気になれなかったのは、どうしてだろう。
 その答えはわかっていた。それはおそらく、彼らが自立した大人で、自分なしでもやっていけるのがわかっていたからに違いない。
 自分には昔から、他人から求められたい、必要とされたいという欲求が群を抜いて強かった。原因は、よくわからない。両親と年の離れた姉たちから可愛《かわい》がられて育ったが、その反面、誰も自分の助力をあてにしていないという現実に、ずっとフラストレーションを感じていたせいかもしれない。いつも、誰かに保護されるよりも、保護する立場になりたいと思っていた。それが医学部へ進学し、終末期医療に携わるようになった本当の理由だった。
 自分が、どちらかというと陰のある男性に惹《ひ》かれるのも、そのためかもしれない。早苗は、これまでに淡い恋心を抱いた相手を思い出した。いずれも、どこか脆《もろ》さを抱えた男性ばかりだった。
 高梨のように……。
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