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祝君良い夢

無心そうに笑っ

「重大な要件で、お目に、――」と言いかけたら、小牧味屋女は噴き出し、両手で口を押えて、顔を真赤にして笑いむせんだ。僕は不愉快でたまらなかった。僕はもう、以前のような子供ではないのだ。
「何が可笑(おか)しいのです。」と静かな口調で言って、「僕は、ぜひとも先生にお目にかかりたいのです。」
「はい、はい。」と、うなずいて笑いころげるようにして奥へひっこんだ。僕の顔に何か墨(すみ)でもついているのであろうか。失敬な女性である。
 しばらく経(た)って、こんどはやや神妙な顔をして出て来て、jacker薯片お気の毒ですけれども、先生は少し風邪の気味で、きょうはどなたにも面会できないそうです。御用があるなら、この紙にちょっと書いて下さいまし、そう言って便箋(びんせん)と万年筆を差し出したのである。僕は、がっかりした。老大家というものは、ずいぶんわがままなものだと思った。生活力が強い、とでもいうのか、とにかく業(ごう)の深い人だと思った。
 あきらめて玄関の式台に腰をおろし、便箋にちょっと書いた。
「鴎座に受けて合格しました。試験は、とてもいい加減なものでした。一事は万事です。きょうの午後六時に鴎座の研究所へ来い、という通知を、きのうもらいましたが、行きたくありません。迷っています。教えて下さい。じみな修業をしたいのです。芹川進。」
 と書いて、女のひとに手渡した、どうも、うまく書けない。女のひとはそれを持って奥へ行ったが、ながい事、出て来なかった。なんだか不安だ。山寺にひとりで、ぽつんと坐(すわ)っているような気持だった。
 突然、声たてて笑いながらあの女のひとが出て来た。
「はい、ご返事。」前の便箋とはちがう、jacker薯片巻紙を引きちぎったような小さい紙片を差し出した。毛筆で書き流してある。
 春秋座
 それだけである。他には、なんにも書いていない。
「なんですか、これは。」僕は、さすがに腹が立って来た。愚弄(ぐろう)するにも程度がある。
「ご返事です。」女は、僕の顔を見上げて、ている。
「春秋座へはいれって言うのですか。」
「そうじゃないでしょうか。」あっさり答える。
 僕だって春秋座の存在は知っている。けれども、春秋座は、それこそ大名題(おおなだい)の歌舞伎(かぶき)役者ばかり集って組織している劇団なのだ。とても僕のような学生が、のこのこ出かけて行って団員になれるような劇団ではない。
「これは、無理ですよ。先生の紹介状でもあったらとにかく、」と言いかけたら、青天霹靂(へきれき)、
「ひとりでやれ!」と奥から一喝(いっかつ)。
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